
その2.術後から職場復帰まで
| 日付 | 項目 | 内容 |
|---|---|---|
| 2003.7.1〜 | 膝上ギブス生活 | 膝が曲がらないとういのは、本当に不便だ。シャワーも着替えも、ままならない。 足がつけないから、松葉杖がなくては、立っていられないから、両手は、松葉杖で塞がる。荷物は当然持てないし、洗濯物を干すことさえ出来ない。 這うことすら難しい。週末、病院へ行くまでは、ひたすら家の中でじっとしている毎日。 なるべく動かないよう、慎重に過ごしていた訳だが、それでも、2度ほど転倒しそうになり、患足を思い切りついてしまった。 1度目は、シャワーを浴びようとして、浴室で滑った。2度目は、夜中にトイレに行こうとして、バランスを失って倒れた。以降、浴室は這って出入り、家の中の移動は、全てキャスター付の椅子でするようになる。 ギブス期間中は、なるべく患部を冷やすと共に、高くしておくのがよいのことで、ソファにアイスノンを置き、そこに患足を載せて過ごす。 |
| 2003.7.5(土) | 消毒開始 | 電動のこぎりのようなカッターで、ギブスに窓を開け、傷口の消毒が始まる。 傷口は、12針、縫い目もきれいで、化膿の心配も、今の所ないとのこと。 |
| 2003.7.12(土) | 抜糸&膝下ギブス | 医師の言いつけ通り、腿の上げ下ろしは、毎日行ってはいたが、使わない足は、さすがに、筋肉の落ちるのが早い。ギブスは、既に、腿のあたりに、かなりの隙間が出来ている。その上、筋力の落ちている足に、このロングギブスは、かなり重くなってきており、それが、足以上に、腰にくる。 とにかく、腰が痛くて、つらい。腰の方がもう限界ということで、予定よりやや早いが、抜糸と、ギブスの巻き替えをして貰う。 これで、かなり楽になった。 |
| 2003.7.13〜 | 膝下ギブス生活 | 膝下ギブスで軽くなったこともあり、腰の痛みはなくなった。 生活もかなり、楽になる。 移動は、相変わらず、例の椅子だが、炊事や、洗濯物干しも、椅子に、膝を載せて、立ったまま出来る。掃除機も椅子に乗ったままかけられる。 家事が、だいぶこなせるようになり、主婦としては、ひとまず安心。 しかし、病院以外の外出は一切しておらず、買物などは、全て友人に頼む日々が続く。 |
| 2003.7.19(土) | 装具の型取り | 装具の型取りの為、病院へ。 例のカッターでギブスを切り、石膏で型を取る。 昔は、こうやって、ギブスを作ったんだろうなぁ… 型をとり終えたら、再度ギブスを巻き、これでもう1週間。 7/28(月)に、脱ギブス→装具の予定。 装具の費用総額、¥48,564 7割は、健康保険で、戻るということだから、実際は、¥15,00ぐらいか? |
| 2003.7.28(月) | 装具着用 | 不自由なギブス生活ともお別れ、いよいよ装具になる。 しかし、今年の夏は、涼しくてよかった。暑かったら、ギブス生活は、もっと苦痛になっていたことだろう。 装具は、脹脛側が、プラスチック製で、ベルトで留めるようになっている。 踵に厚みがある中敷が6枚。これで、荷重を調節していく仕組みになっている。この中敷を少しずつ減らしていき、全部取れたら、目出度く、生足になる。 恐る恐る、足をついてみる。足を地につけるのは、本当に久しぶりだ。 装具を使用しない場合は、自分で荷重を調整しなければならないようだが、装具の場合は、足をついても、決まった荷重しかかからないようになっているらしい。 細かいことの苦手な私には、多少費用がかかっても、これでよかったと思う。 足はつけるようになったが、まだ第一段階で、中敷は6枚。両松葉杖である身に変わりはない。でも、足がつけるって、全然安定感が違う。幸せ… 理学療法士より、今後のリハビリについての説明を受け帰宅。 帰宅後、久々の入浴。右足は、かなり細くなっている。ちょっと、うれしかったりして。患足は、ギブスをしていたので、細くなって当然なのだが、健足の左足、こちらの足だけで、生活していたせいか、以前よりしまって、若干細くなっているのだ。勿論、右足には及ばないが、これは、ちょっとうれしい誤算?だった。 垢もたっぷり落として、きれいな足になった。 ![]() 装具正面 装具側面 外出用カバー [装具着用時の留意点] ・まだ、かなり踵が高い状態なので、健足は、少しヒールのある靴を履いて、両足の高さをなるべく合わせるようにする。 ・入浴時以外は、基本的に装具を着用。 ・日中、くつろぐ場合ははずしてもOKだが、睡眠時は着用。(無意識の時は危険な為) |
| 2003.7.29〜 | リハビリ開始 | 本日より、リハビリ開始。 リハビリ内容は、まず、ジェットバスのような浴槽に、足をつけ10分。その後、PTによるマッサージ。 長期間のギブス固定で、固まってしまった足首の可動域を マッサージで回復していくらしい。 マッサージには、無理せず、痛みのないようゆっくりしていく方法(お年寄向き?)と、少々痛みを伴っても、早くすっきり回復させていく方法とがあるらしい。 PTのお勧めは後者であり、私も、迷うことなくこちらを選択。 始め、「グギッ」としたが、あとは特に痛みはなく、つま先から、脹脛の辺りまで、マッサージして貰い、気持ちよく終了。家でも、同じように、モビラート軟膏を塗って、よくマッサージするようにとの指示あり。 病院から、家までの距離は、普通に歩いて10分ちょっと。リハビリには、丁度よい距離とのことで、以後、歩いて(装具+松葉杖)通うことにする。 翌日より、往復とも松葉杖ながら、歩いて病院へ。 歩いて、外に出るのは、久しぶりだ。私の住む町って、こんなだったんだなぁと、しみじみ思いながら、20分ほどかけて、病院へ。通常の倍の時間がかかるのは、まあ、仕方あるまい。 |
| 2003.8.4〜 | 病院夏休み | 先週から、始まった装具生活だが、今週は、病院が夏休み。 その為、例の中敷も、減らすことが出来ず、6枚のまま。 リハビリも当然休みの為、自宅で、浴槽に足をつけ、自分でマッサージをするとういう自主リハビリの毎日。 歩行練習も兼ねて、近所を散歩する。 初日は、両松葉での散歩だったが、装具での歩行にもだいぶ慣れてきたので、翌日(8/5)からは、片松葉にしてみる。片手が、あくだけで、かなり違う。買い物もこれで、ずいぶん楽になる。 |
| 2003.8.11〜 | 健足の痛み | 病院が、再開。早速診察を受け、中敷を1枚抜く。 リハビリ内容は、変わらず。 足首の可動域は、かなり広がり、痛みもほとんどない。又、通常、歩行を開始すると、浮腫みが出ることが多いそうだが、装具になって2週間、私の足は、全く浮腫むということはなく、かなりよい状態らしい。 ただ、ここに来て、健足側左足のアキレス腱に、痛みを覚えるようになる。 ギブスの頃から、なるべくケンケンなどはしないように、心がけてはいたのだが、ひょっとしたはずみに、ケンケンをしてしまうこともあったし、それでなくても、右足の分まで、身体を支えていた左足には、これまで、かなりの負担が、かかっていたと思われる。 例のジェットバスに、患足だけでなく、健足も一緒に、つけることにし、健足側も、モビラートを塗り、マッサージをすることにする。 今、左足に、もしものことがあったら、大変だ。 |
| 2003.8.13 | 松葉杖返却 | この日より、装具ながら、二足歩行となる。 この日以降、リハビリへは、装具での二足歩行で通う。 平坦な場所の歩行は問題なく、階段も、手すりがあれば、昇降に支障はない。但し、下りは、一段ずつ慎重に。 困ったのは、ちょっとした段差。歩道と車道の段差、お店の入口の段差など。 こういった所は、手すりなどあろうはずもなく、支えとなるもがない私は、どちらの足から踏み出せばよいのか、一瞬途方にくれるのである。 健常な時には、気にもかけなかった些細な段差だが、不自由な身になってみると、世の中には、こういう何でもない段差が、いかに多いかということに、気づかされる。障害のある方や、お年寄りなどは、これでは、本当に大変だ。 |
| 2003.8.21(木) | 出勤開始 | 8/17中敷2枚目、8/20同じく3枚目を抜き、中敷は残り3枚。 歩行にも、だいぶ慣れてきたので、いよいよ職場復帰をすることにする。 仕事は、結局、約2ヶ月間、休んだことになる。 通勤については、 @通常より、早く家を出て、各駅停車で、座って行けるるようにする。 A乗換えの回数を出来るだけ少なくし、且つ、なるべく座れるルートをとる。 受傷前は、途中で、電車の乗換えが2回ほどあったので、電車の乗換えはなくし、到着駅よりバスを利用することにする。バスでも、勿論座れるように余裕を持って、通常より、1時間ほど、早く家を出ることにする。 ケガ以降、公共の乗り物を使用するのは、初めてでもあり、不安もあったが、特に問題もなく、職場に辿り着くことが出来た。 久しぶりの仕事で、緊張したこともあり、かなり疲れたので、仕事帰りに、リハビリに寄り、足の様子を診て貰う。多少疲れは見えるが、特に問題なしとのこと。 |
| 2003.8.25(月) | 生足歩行開始 | 中敷4枚目を抜くと共に、家の中での生足歩行の許可がおりる。 この1週間で、中敷を全て抜き、外出時は装具で、家では、装具なしで歩く練習をするようにとのこと。次回の診察は、装具なしで、スニーカーで来るようにとの指示。 初めての生足二足歩行は、かなり怖かった。 これまでは、装具に守られていた。その庇護がなくなると、本当に不安である。 「本当に、私歩けるの?」「又切れたらどうしよう」などと、様々な不安がよぎる。 歩けるという自信をすっかりなくしており、気分は、アルプスの少女の“クララ”。 誰か、私に、「大丈夫!歩けるよ」と、言って。 PTに、「ここまでくれば、そう簡単に切れるということはありません。大丈夫です。 」と、(ハイジの代わりに?)力強く励まして頂き、思い切って最初の一歩を踏み出した私だった。 この時の気分は、正に、「クララが、立った!クララが歩いた!」って、感じ。 (これが、HN“くらら”の由来) 家では、最初のうちは、壁伝いに、そろそろと歩くことから始める。それに慣れてきたら、徐々に手を離していくというように、練習をしていった。 8/27中敷5枚目、8/29最後の1枚を抜く。 |
| 2003.9.1(月) | 脱装具 | 指示通り、装具なしで、病院へ。のんびり歩いて行く。 傷口もすっかりきれいになっている。術後、時々顔を出していた糸(?)も、ほとんど収まったようだ。 あとは、ゆっくり、筋力を取り戻していくだけだ。 脱装具に伴い、リハビリメニューも変更。 長い袋のようなものに、足をすっぽり入れて、空気圧でマッサージするような形式のもの。(通販で見たことあるような?) これを約10分程。疲れとかが、とれるらしい。 帰りに、買物に寄った時のこと。。 レジに並んだその時、背後で「ガチャーン!」と、物凄い音が。振り返ると、私の足元すれすれに、カートがひっくり返っている。その横で、親に、叱られている子供。どうやら、子供がカートを押していて、ひっくり返したらしい。倒れたカートの取っ手は、私の踵ギリギリの位置にあった。もし、これが、装具もない、今のこの足に、ぶつかっていたらと思うと、ぞっとした。 生足にはなったが、まだまだ、元通りとはいかない。 歩くスピードも遅いし、階段は、手すりを掴んで、一段ずつ降りる。 だが、装具も、杖もない、今の自分は、はたからみれば、けが人でもなんでもない、只の人だ。無防備なケガ人、この状況は、ちょっとつらいものがある。 |